銀行員の安定した仕事を捨て、牧師になって沖縄の海で平和を訴え続けた金井創さん。
キリスト教牧師で辺野古新基地反対の抗議船「不屈」の船長としても知られる平和活動家です。
そんな金井創さんですが、2026年3月16日、愛する沖縄の海辺野古沖で船転覆事故により死亡したと報じられました。
今回金井創さんの経歴と学歴やその平和に対する信念をwiki風にまとめてみました。
金井創さんは何者?wiki風経歴

そんな金井創さんは1954年9月に北海道後志菅内岩内町で生まれましたが、小学校6年生の時に札幌に移り住んだんですね。
大学を卒業後、北海道銀行員に入行しました。しかし1年で退行し、神の道へ進むんですね。

せっかくの銀行員だったのに辞めてしまった理由は不明です。
銀行員という仕事はお金が1円でも合わないと大変と言っていたそうなので、ご自分の仕事としては銀行員は性に合ってなかったかもしれませんね。
銀行員になった金井くんから、お金が一円合わなくても大変なんだょと教えてもらいました。
引用:札幌美容形成外科
そして沖縄で船長になり、愛する沖縄の海の為辺野古新基地建設に対して抗議を常に行っていたそうです。
金井創さんの死に対し、抗議メンバーでもある島しづ子さん77歳は「金井さんは穏やかで操船技術の高いベテラン船長。神様に助けてと祈ったが、残念だ」と涙声になっていました。
金井創さんは71歳という年齢でその人生を終えました。
金井創さんの学歴は?

金井創さんは北海道後志菅内岩内町生まれですが、小学校6年生の時に札幌市に移住しています。
小学校や中学校に関しての情報はないのでどこの学校に通っていたかは不明です。
高校は札幌西高校卒業

金井創さんは高校には北海道トップ高校でもある札幌西高校に進学しました。
背も高くてとても優秀だった様です。
背が高いのもあってか、高校ではバスケットボールが得意だったそうです。
早稲田大学政治経済学部に進学

大学では、政治経済学部で政治・社会問題に強い関心を持ったと推測されます。
これが後の平和活動の基盤になったのかもしれませんね。
東京神学大学へ編入

金井創さんが神の道に目覚めた理由は分かっていません。
しかし、社会問題に関心がありキリスト教の「祈るだけでなく行動する」教えと結びついたのではないかと思われます。
銀行員という安定した仕事を辞めてまで選んだ神への道は大学院修士課程修了し、牧師の資格も取得しました。
そして平和活動への道が開かれるんですね。
金井創さんはなぜ船長に?

神の道を開き牧師としても活動していた金井創さんはなぜ船長になったのでしょうか?
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 信念 | 「イエスは非暴力で戦い、権力者に負け続けたが復活した。国は巨大だが諦めない」とのキリスト教教えを実践。 |
| タイミング | 2007年、普天間移設工事開始時に船長就任。市民募金で購入した「不屈」を操船、年100日海上抗議。 |
| 役割 | 祈りだけでなく「行動する」牧師として、海上で平和教育・監視活動。草の根平和貢献賞受賞。 |
金井創さんと言う方は信仰を行動で示すまさに牧師として命がけで活動されていたんですね。
まとめ
2026年3月16日に沖縄辺野古の海で起きた転覆事故。
この事故には牧師や船長でもある金井創さんと女子高校生の1人が尊い命を失いました。
愛する沖縄の海に転覆という形で飲み込まれるという最悪な形となりましたが、金井創さんが命がけで守ってきた沖縄の海は違う誰かの信仰で守られていくでしょう。
犠牲となった金井創さんと女子高校生に対しご冥福をお祈りします。