山崎武司が性格悪いと言われる理由3選!素行も悪い?監督への暴言や衝突の過去も!

山崎武司

2026年10月17日、中日ドラゴンズが球団OBの山崎武司さん57歳が、来季の打撃コーチになると言われています。

山崎武司さんといえば、現役時代に通算403本塁打を記録し、セ・パ両リーグで本塁打王に輝いた名選手です。

しかし、過去には監督に暴言を吐いたり、意見が合わずに衝突したりするなど、気性の激しい一面もあったようです。

さらに、これほどの実績を残しながら、2013年の引退後、約13年間もプロ野球球団の正式なコーチに就任していませんでした。

「山崎武司は性格が悪いの?」「素行が悪かったからコーチになれなかったの?」と疑問に思う人もいるのではないでしょうか?

そこで今回は、山崎武司氏が性格悪いと言われる理由3選と、引退後約13年間もコーチにならなかった背景について詳しく調査しました!

目次

山﨑武司は性格が悪いと言われてる?

山崎武司さんは、現役時代から自分の意見をはっきり伝えることで知られていた選手ですが、特に監督との関係では、意見が合わずに衝突することもあったそうです。

そんな山崎武司さんに対し、性格が悪いという印象を持つ人がいるようです。

こんな風に言われているようですが、自分の意見をはっきり伝えることと、性格が悪いことは必ずしも同じではありませんからね。

では、山崎武司さんは実際に性格悪いと言われる理由はどういった行動からそう言われているのでしょうか?

山崎武司が性格悪いと言われる理由3選!

ここからは具体的に山崎武司さんが性格悪いと言われる理由を3つ出していきたいと思います。

理由① 星野仙一監督に暴言を吐いたから

山崎武司さんと星野仙一さん

1つ目の理由は、星野仙一監督に対して暴言を吐いたことです。

山崎武司さんは、中日時代に星野仙一監督のもとでプレーしていましたが、2人の関係は決して良好な時期ばかりではなかったようですね。

特に有名なのが、1999年9月26日の阪神戦での出来事です。

当時、山崎武司さんはスタメンから外される機会が増え、星野監督の選手起用に不満を感じていました。

そんな中、山崎武司さんは2点を追いかける9回裏に、逆転サヨナラ3ランホームランを放ったのですが、ホームランを打った山崎武司さんは、ベンチに向かって指をさし、

「おっさんボケ!」

と叫んだそうです。

この「おっさん」とは、星野仙一監督のことだったそうですが、当時の山崎武司さんは、試合に出してもらえない不満を相当ため込んでいたのでしょうね。

でも監督に向かってこのような言葉を叫ぶというのは、かなり強気な行動ですよね。

山崎武司さんの気性の激しさが伝わるエピソードと言っても過言では無いですね。

ですが、山崎武司さんは後のインタビューで、星野監督から勝負に対する厳しさを教わったと語っています。

監督と衝突しながらも、その指導から学んだことはあったようですね。

理由② 伊原春樹監督との衝突で素行が悪いと思われたから?

オリックス監督時代の伊原春樹さん

2つ目の理由は、伊原春樹監督と衝突し、試合前に帰宅したことです。

山崎武司さんは2003年、中日からオリックスへ移籍しましたが、2004年に監督へ就任した伊原春樹氏とは、野球に対する考え方が合わなかったようです。

問題が起きたのは、2004年4月28日の西武戦でした。

前日の試合で2安打を放っていた山崎武司さんでしたが、翌日はスタメンから外されてしまいます。

山崎武司さんは地元・名古屋での試合だったため、知人や関係者を球場へ招待していたそうですが、スタメンから外されたことに納得できず、球団のGMに相談したそうです。

ところが、この行動をきっかけに伊原監督と衝突してしまいました。

山崎武司さん本人の説明によると、伊原監督から試合に出られる状態ではないと指摘され、帰宅してよいと言われたため、そのまま帰ったそうです。

ですがこの行動は当時、試合をボイコットしたと言われてしまったんですね。

翌日の4月29日には一軍登録を抹消されてしまいました。

この出来事を知ると、山崎武司さんは素行が悪く、性格が悪いと思ったと感じる人もいるかもしれませんね。

しかし山崎武司さんは自分の判断だけで勝手に帰宅したわけではなく、監督から帰ってよいと言われたと説明しています。

そのため、この出来事だけで素行が悪かったと決めつけることはできませんが、監督との衝突が大きな騒動になったことは確かな様です。

理由③ 野村克也監督から態度を注意されたから

山崎武司さんと野村監督

3つ目の理由は、野村克也監督から生意気で態度が悪いと指摘されたことです。

山崎武司さんは2005年から楽天でプレーしており、2006年には野村克也氏が監督に就任しましたが、最初から2人の関係が良好だったわけではありません。

山崎武司さんによると、春季キャンプでは野村監督にあいさつをしても、約半月間反応してもらえなかったそうです。

その後、野村監督に呼び出され、生意気で態度が悪く見えることを指摘されたそうなんです。

突然そのようなことを言われ、山崎武司さんも腹が立ったそうですが、野村監督が伝えたかったのは、単なる悪口ではありませんでした。

野村監督自身も無愛想で周囲に誤解されやすいため、山崎武司さんにも同じようなところがあると感じていたのでしょう。

そして、周囲から誤解されないように振る舞うことを助言しました。

この出来事をきっかけに、2人は少しずつ会話をするようになったそうですね。

すると山崎武司さんは2007年に43本塁打、108打点を記録し、本塁打王と打点王の2冠に輝きました。

野村監督との出会いは、山崎武司さんにとって大きな転機になったようですが、今回の話からも分かるように、山崎武司さんは周囲に誤解されやすい一面があったのかもしれませんね。

山崎武司が13年間もコーチにならなかったのは性格が原因?

山崎武司さんについて、もう一つ気になることがあります。

それは、2013年の現役引退から約13年間、なぜプロ野球球団の正式なコーチにならなかったのか?ということでしょう。

通算403本塁打という実績がありながら、長年コーチに就任していなかったのは不思議ですよね。

現役時代には監督との衝突も少なくありませんでしたし、山崎武司さんの性格が原因で球団から敬遠されていたのではないかと思う人もいるかもしれません。

しかし、調べてみると意外な事実が分かりました。

実は山崎武司氏は、2011年に楽天からコーチ就任を打診され、自ら断っていたのです。

当時、楽天の監督だった星野仙一さんは、山崎武司さんに対して将来の監督就任も見据え、指導者として経験を積むことを勧めていたそうです。

しかし、山崎武司さんは現役続行を希望して申し出を断り、古巣の中日に復帰し、2013年までプレーを続けています。

つまり、少なくとも2011年の時点では、球団から指導者として声をかけられていたことになります。

山崎武司さん自身も引退後すぐにコーチになるつもりはなかったようで、まずは野球を外から見てみたいという思いがあり、野球評論家として活動する道を選んだそうです。

また、現役時代には難しかった旅行やバーベキューなど、普通の生活を楽しみたいという気持ちもあったといいます。

2027年シーズンより中日の打撃コーチ就任が決定的!

では、過去の監督との衝突が、コーチ人事に影響していたのでしょうか?

この点については、球団が山崎武司さんの性格を理由にコーチ就任を見送ったという事実は確認できていません。

実際には、本人の希望や球団の人事、就任するタイミングなど、さまざまな事情が考えらると思います。

そして2027シーズンより、愛工大名電高校の先輩でもある工藤公康氏が中日の新監督となり、山崎武司氏の打撃コーチ就任が決定的と言われています。

中日がOBの山崎武司氏(57)を来季の打撃コーチとして招へいすることが16日、分かった。

引用:Yahoo!Japanニュース

実は山崎武司さんは、2026年春には日本ハムの臨時コーチも経験しています。

現役時代は監督と衝突することもあった山崎武司さんですが、今度は自分が選手を指導する立場になる可能性があります。

正式に就任することになれば、これまでの経験をどのように生かしていくのか注目したいですね。

まとめ

今回は、山崎武司さんが性格悪いと言われる理由として考えられる3つのエピソードと、引退後約13年間もコーチにならなかった背景について調査しました。

山崎武司さんは現役時代、自分の意見をはっきり伝える性格だったことから、監督と衝突する場面もあったようです。

しかし、過去の言動だけで性格や素行が悪いと断定することはできません!

また、引退後に長年コーチにならなかった理由についても、2011年には自らコーチ就任を断っていたことが分かりました。

2026年10月17日には、中日ドラゴンズの打撃コーチ就任が決定的と言われていますので、今後どのような指導を行っていくのか注目したいですね!

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